パーソナルトレーナー伊藤出のプロフィール【兵庫県神戸市生まれ】

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パーソナルトレーナーの伊藤出といいます!この記事では、僕のプロフィールや想いについて書かせていただきますね。

ざっとまとめると

  • 現在30歳で3児のパパ
  • 兵庫県神戸市生まれ
  • 元板前で、パーソナルトレーナー歴10年
  • 見た目に合わず、人生経験が意外と豊富

こんな感じですかね。

僕の生い立ちから今まで過ごした時間の中で、伝えていきたい、

自分史上最高のカラダとココロに。

ということのベースができあがっています。少しでも、読者の方が変わるきっかけがこのブログからお届けできればうれしく思います!

 

おかんが家出をしていない家庭で育った

僕の人生のターニングポイントは、幼少期にあると思います。

僕は、4人兄弟で末っ子で、世間的には“甘えん坊”って言われる立ち位置ですが、おかんが家出していて、甘える相手がいなかったんですね。

いつから出て行ったのか、回数が多すぎてよくわからないですが、家出しては帰ってきての繰り返し。それが伊藤家の“普通”でした。

だから小学1年生から何でもできた

あまりに小さい時から、自分のことは自分でする習慣がついてしまっていたので、小学1年生のときには、炊事・洗濯・掃除など、いろんなことができるようになっていました。

今になると、良くも悪くもこの経験が今の自分の人格を大きく形成する源になっています。

ただ、あまりに早い段階で何でもできるようになったので、正直誰かに何かを頼むことがへたくそですね。今でも。

よく、「何でもできて器用だね!」といっていただけますが、それは表面的な部分で、実は頼むことが苦手で、だから自分でできるように、不器用ながら何でもやるようにしています。

寂しさは感じなかった

おかんの話をすると、必ずといっていいほど「寂しくなかった?」といわれますが、実はあまり感じませんでした。

というよりも、感じる暇がないぐらいやることが多かった、というのが本音ですね。だから、父親になってからの方がいろいろ考えることがありますよね。

家族揃ってみんなで笑えること自体が嬉しいし、逆に過去を振り返るとちょっと寂しかったりします。

でも、子供達3人や奥さんの笑顔を見ると全部吹っ飛びますけどね。だけど、幼少期のときの経験は、確実に僕自身を前に進めてくれる経験になっています。

 

小学生の頃は人見知りで気が弱かった

今はいろんな経験をしてきたので、人見知りは隠せますが、小さい頃は緊張しいだったし、かなり気が弱くていじめにもあいました。

小学6年生のとき、1年間なぜか女子達に総スカンをくらって、机の中にオシピンが大量に入っていることなんて、日常茶飯事でしたね。

でも、1日も休まず学校行って、中学生になると、いきなり状況が変わりました。

中学生はみんなと仲良く過ごせた

中学生の頃はうって変わって、同級生と仲良く、かなり楽しい思い出ばかりですね。

野球部に入っていて、全国レベルの強豪になって、しかも2年生の秋には主将になり、学校では目立つ存在に変わりました。

結果、高校も野球で引っ張ってもらい、高校でも野球部の主将になり、学生生活はなかなか楽しい時間でした。

ただ、高校野球はかなり地獄続きで、特に1年生の頃は上級生の奴隷でした。(笑)

水が飲めない昭和の野球部

今だと大問題になりますが、かなり上下関係の激しい野球部で、水なんて飲めなかったですし、トイレの手を洗うところあるじゃないですか?

あの水をずっと飲んでました。トイレに行けない時は、グランドに水をまきますが、そのホースの先端に指をわざとひっかけて、ホースから垂れる水を飲んでました。

同級生なんか、田んぼに注ぐ汚水を飲んで次の日、下痢・おう吐してましたからね。(笑)それぐらい厳しい環境で野球をしていました。

だけど、それも今になっては良い経験です。

新聞配達を始めた高校2年生の秋

僕の親父は経営者で、家庭的にはお金に困ってる家庭ではなかったのですが、とにかく親父が厳しい人で、野球の道具を買ってほしいとなかなか頼めませんでした。

部費や定期代でお金もかかるし、2年生の秋から新聞配達をはじめました。

このときの生活は、夜22時半ぐらいに帰宅し、2時に出勤。5時半に終わって、6時半から朝練みたいな毎日を過ごしていました。

案の定身体を壊し、3年生の夏までなんとか野球は続けたものの、身体も心もボロボロになってしまっていました。

 

野球の次は板前にどっぷりはまる

3年生の夏に野球を引退し、すぐに先輩からバイトを紹介してもらい、働き始めました。それが板前です。

大将も若く、僕のことを気にいってくれて、いろんなところに食べに連れていってくれましたし、料理も1からすべて教えてくれました。

結局その流れで、板前修業に入り、約1年間修業しました。

順調に料理人として成長していた

自分で言うのもなんですが、大将にも認めていただき、高校生ながら自分の包丁をいただけましたし、握りの練習もさせていただけました。

全ての仕事を盗む覚悟で仕事をしていましたので、どんどん新しい仕事を任せてもらえ、三宮で働いていたんですが、いろんなお客さんにもかわいがってもらえるようになりました。

ただ、どうしても耐えられないことが1つありました。それは、大将の女遊びの激しさです。(笑)

本当に苦痛だった・・・

僕は、基本的に飲まないですし、バーとかスナックとかも好きじゃないんですね。ただ、夜に三宮に歩いていると、やたらあっち系に方に、「やぁ~ん!ちょ~タイプ~!!」と叫ばれます。(笑)

大将は、かなり女遊びが激しく、週末は「いずる、今日も行こか!」とよく誘われていました。

ただ、僕は3回に1回ぐらいの割合で、「おじいちゃんが死にそうで・・・」とわかりきった嘘をついて、断っていました。

おじいちゃんを何回殺しかけてしまったんだろう・・・。ってぐらい下手な嘘をつきつつ、断り続けていました。

結果、そのストレスで胃腸炎になり、入院して板前の世界から離れてしまいました。

 

板前の次は、沖縄で働き始める

板前をやめた後、かなり路頭に迷ってしまったんですが、当時付き合っていた彼女が沖縄出身の人で、そのときは遠距離で彼女は沖縄に住んでいました。

傷心しきっていたので、リフレッシュのために沖縄に遊びに行き、プロ野球のキャンプを見に行くことにしました。

そのときはじめてトレーナーの仕事っぷりを見て、「かっこいい!」と思い、情熱が湧いてきて、訳も分からず、その燃えた感情を持ったまま沖縄のジムに行きました。

ジムで運命の出会い

スポットで、何気なくトレーニングをしていると、1人のスタッフが話しかけてきました。

その方は所長さんで、いろいろ話す中で、「もうすぐ就職の面接があるよ!」ということを聞き、何を思ったのか、神戸に一度帰り、荷物をまとめて移住し、結果その面接を受けていました。

結果合格し、僕は沖縄でトレーナーとしてのキャリアをスタートさせます。

沖縄の環境に満足できなくなった

ただ、1年間働いたものの、沖縄のレベルでは物足りず、1年で退職し神戸に戻りました。

次は芦屋のサロンに入社し、加圧トレーナーとして再始動します。

平日はサロンで働き、休日は母校の野球部行き、勉強させてもらいつついろんな指導もさせてもらっていました。

そういうことを2年間続け、パーソナルトレーナーの資格を独学で取得し、その後23歳で独立し、現在に至ります。

 

全ての時間で“無理だ”“できない”と言われ続けてきた

僕は、どちらかと言えば前に出ることが苦手ですし、今でもいろんなときにすぐ緊張します。

よく悩むし、迷うし、自信もありません。そんな自分の姿を見て、よく、

知人
いずるは辞めといた方がいいよ。難しいと思うよ。

とことあるごとに言われ続けてきました。

独立のときも、独立してからも。でも、今ではそういってきた人と、つながりはありません。

他人の意見を優先しなくてもいい

僕は、気にしいの性格なんで、そうやって言われると、

いずる
自分ではやっぱ、無理なんかなぁ。

ってずっと迷ってきました。だけど、その都度、自分を信じてとにかく不器用なりに、やれることはやってきました。そうすると、意外とできるんですよね。

こういう経験を小さいことから大きいことまで経験して、わかったことがあります。

それは、他人の意見は貴重だけど、それを振り切るほどの情熱があれば、いろんなことが達成できる。

他人の価値観の中で生きてはいけない、ということを学びました。だから今は、自分の生きたいように生きています。僕が大切したい価値観ができました。

だからこそ伝えていきたいこと

僕はこういう経験から、もしかすると自分で考えていることは頑張れば達成できるんじゃ?って本気で思ってます。

だからこそ、自分に素直になり、やりたいこと、目指したいことを目指そうと思っています。それが例え、うまくいこうといかないと、とにかくやると決めています。

僕に誰かを変えることは無理だと思います。だけど、僕やブログを通して、メッセージを伝えていくことで、誰かの変わる“きっかけ”は伝えられるんじゃないかなって思ってます。

自分のことだから、よくわかります。あんな自分がここまで変わったのだから、人は変われるし、誰かの後押しがあればきっと変われるはず。

その役目になりたいと思ってます。お前は純粋な馬鹿か?と言われようと、僕は今後そういう視点でメッセージをお伝えしていきたい。

 

身体のことをもっと知ってほしい

世間では当たり前のように、

世間の声
痛みの改善は、筋力強化だ!◯◯やれば10kg痩せる!

など表面的なことばかり言われています。

痛みの改善は筋力を鍛えなくても、筋肉を緩めれば改善できるし、人によって方法は変わるので、◯◯すれば変わると言い切るのは明らかに不適切です。

ただ、人が目を引く言葉としては適切であり、本質の部分と人が興味を持つ部分にかい離があるのが現状です。

お腹を引き締めるために腹筋はしない

レッスンでは、お腹を引き締めたい方に腹筋はほとんどしないんですね。身体を縦に引き伸ばしたり、循環の改善をするだけで、お腹は引き締まります。

この時点で、一般的に認知されていることと、身体を変えるために行なっていることは違っています。

そもそも身体の悩みを抱える原因がみつからないと、適切な方法の提案はできないはずです。

こういったことからも、あまり世間には本質が伝わっていないのが現状だと思います。

だからこそ、僕は情報を発信続ける

今は個人であっても、多くの方に情報を届けることができる世の中になりました。だからこそ、僕は1人で身体の本質を知っていただくために、情報を整理してお届けしたいと思っています。

もっと言えば、身体を変えるだけではなく、身体の悩みを改善するための案内人になりたいですね。

その役割をこのブログが担うことができるよう、いろんな情報を整理し、一般の方にわかりやすく、かみ砕いた形でお届けします。

それが僕の今後のしたいことであり、やろうと決めていることです。

 

どんな姿が理想の自分ですか?

どんな姿になれば、嬉しいですか?どんな姿を目指していますか?

想像してみてください。理想の姿になった最高の自分を。一度画面から目を外し、自分の頭で考えてみてください。

その姿、僕はなれると信じていますし、そこに少しでも近づき、たどりつくためにサポートしたいですよね。

できるかできないか、なれるかなれないか、それを先に考えないでください。おそらく実現可能です。

でもほとんどの方は、その自分を目指そうとしません。なぜなら、最初からできないと思っているから。

行動しないと何も変わらない

今の自分から変わることは、不安もあるし、本当に変われるか、疑ってしまう部分があるのもわかります。

だけど、確実に言えることは今を変えないと何も変わらないということですよね。それは誰もが分かっている事実です。

その上でも、ほぼ99%の人は行動しない。なぜなら諦めているから。つまり、行動し始めた時点でもう1%の人になれるわけです。

だからこそ、最初の1歩を踏み出す勇気を持ってほしいんですね。それができると、後は下り坂を転がるボールと同じで、変わり始めます。

もう1度お伝えします

想像してみてください。理想の姿になった最高の自分を。

その姿を本気で目指したい、近づきたい方は、きっと変われるはずです。だけど、大切なことは、今と同じではいけないということ。

何かを変えない限り、今の自分からは変わりません。その“きっかけ”が僕であり、このブログであればうれしく思います。

長くなってしまいましたが、こんな想いを持ってこの記事もそうですし、ブログもレッスンもしています。

あなたの変わる“きっかけ”をご提供できればうれしく思います。最後まで読んでいただき、ありがとうございました!これからもよろしくお願いしますね!

自分史上最高のカラダとココロに。

パーソナルトレーナー 伊藤 出

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